仙台高等裁判所 昭和33年(ネ)464号 判決 1960年10月12日
控訴人 五十嵐弥九郎
被控訴人 半田敏 外一名
主文
原判決中被控訴人半田敏に関する部分を取り消す。
別紙目録記載の不動産は控訴人の所有であることを確認する。
被控訴人半田敏は右不動産につき山形地方法務局昭和三二年八月一九日受付第五、六七四号同年七月二九日競落許可決定に基く同被控訴人を取得者とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
被控訴人山形庶民信用組合に対する本件控訴を棄却する。
控訴人と被控訴人半田敏間の訴訟費用は第一、二審とも同被控訴人の負担とし、被控訴人山形庶民信用組合に対する控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人半田敏との関係において、別紙目録記載の不動産は控訴人の所有であることを確認する。被控訴人半田敏は右不動産につき山形地方法務局昭和三二年八月一九日受付第五、六七四号同年七月二九日競落許可決定に基く同被控訴人を取得者とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。被控訴人山形庶民信用組合(以下被控訴組合という)との関係において、右不動産について昭和三一年一月一九日なした債権者被控訴組合、債務者遠藤倉次郎、根抵当権設定者兼連帯債務者控訴人、債権元本極度額金二五〇、〇〇〇円とする根抵当権設定手形割引契約は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、控訴代理人において、
一、被控訴人半田主張の後記一の事実を争う。元来農地というのは現況が客観的に見て正常な状態ならば耕作されているはずであり、耕作しようとすればいつでも耕作のできる土地をいうのであつて、土地台帳や登記簿の地目のいかんは農地の認定には影響のあるべきものではない。そして本件土地は被控訴人半田がこれを競落した昭和三二年七月二九日現在でも、また同被控訴人がこれにつき所有権移転の登記をした同年八月一九日現在でも、控訴人がこれを耕作していたのであるから、被控訴人半田の本件土地の競落は明らかに農地の競落である。
二、同被控訴人の後記自白の撤回には異議がある。
と述べ、被控訴人ら代理人において被控訴人半田の主張として
一、そもそも本件土地一帯は山形市より寒河江市に至る県道に沿う地域で、今や全く宅地化しているのであつて、控訴人もこのことあるに早くから着眼し、本件土地を訴外旭燃料株式会社に対し、倉庫建設等のため賃貸する目的のもとに昭和三〇年一月一三日農地法第五条の規定による宅地への地目変更の許可申請をなし、同年三月三一日その許可を得て同年六月九日地目変更の手続をとり、宅地としてこれを右会社に賃貸し、一方被控訴人半田も同年七月二九日これを競落後、同年九月一八日不動産引渡命令に基いてその引渡を受け、爾来宅地として占有使用しているものである。従つて右競落に農地としての県知事の許可のいるべきいわれはない。
二、従前原判決摘示請求原因(三)を認めたのは誤りであるのでその答弁を否認すると訂正する。
と述べ
証拠として控訴代理人において新たに甲第五号証の一ないし四、第六号証を提出し、甲第五号証の一ないし四は昭和三五年三月一三日、同第六号証は同月二八日いずれも本件土地を撮影したものであると附陳し、当審証人鈴木勇太郎、遠藤トミ、遠藤倉次郎の各証言並びに当審における控訴人本人尋問の結果(第一、二回)を援用し、乙第六号証の一、二、第七、第八号証の成立は認める、第六号証の三中印鑑簿については市長作成部分の成立を、約定書については控訴人名下の印影の成立を認めるが、その余の部分の成立は知らない、同号証の四の成立は知らない、丙第一〇号証、第一一号証(原本の存在とも)の成立及び第一二号証の一ないし三が控訴人主張のとおりの写真であることは認める、第一三号証の一、二の成立は知らないと述べ、丙一二号証の一ないし三を援用し、被控訴人ら代理人において被控訴組合の分として、乙第六号証の一ないし四、第七、第八号証を提出し、被控訴人半田の分として丙第一〇、第一一号証、第一二号証の一ないし三、第一三号証の一、二を提出し、同第一二号証の一ないし三は昭和三五年四月一七日本件土地を撮影した写真であると述べ、当審証人工藤勘七、鈴木吉太郎の各証言並びに当審における被控訴人半田敏本人尋問の結果を援用し、被控訴人ら両名の分として当審証人遠藤トミの証言並びに当審における控訴人本人尋問の結果(第一回)を援用し、甲第五号証の一ないし四、第六号証がそれぞれ控訴人主張のとおりの写真であることを認めると述べたほかは、すべて原判決の事実摘示と同じであるので、これを引用する。
理由
成立に争いのない甲第二号証の一及び二の各記載と原審における検証の結果によれば、別紙目録記載の土地(本件土地)は以前東側道路に面する土地六〇坪とともに、山形市下条町字安堵橋四八四番の三畑四畝歩として一筆をなし控訴人の所有であつたが、控訴人は昭和三〇年六月九日これを宅地一二〇坪と地目を変更するとともに分筆してその西側六〇坪を本件土地とし(以上の事実は控訴人、被控訴人半田間において争いがない。)、東道路側を同所四八四番の七宅地六〇坪として右道路側六〇坪を同日訴外遠藤倉次郎に売渡したこと、本件土地については昭和三一年一月一九日の手形割引契約による債権者被控訴組合、債務者遠藤倉次郎、根抵当設定者兼連帯債務者控訴人、債権元本極度額金二五〇、〇〇〇円とする根抵当権設定登記がなされていたところ、この根抵当権に基いて被控訴組合から控訴人に対し山形地方裁判所に競売申立がなされ、(この競売申立の事実は控訴人、被控訴組合間において争いがない。)昭和三一年七月一七日競売開始決定、同三二年七月二九日競落許可決定があり、その結果本件土地は被控訴人半田の競落するところとなり、同三二年八月一九日その旨請求の趣旨記載の登記を経由したこと(右競売開始決定があつたこと以下の事実は控訴人、被控訴人半田間において争いがない。なお、同被控訴人は当審第二回口頭弁論期日において従前原判決摘示請求原因(三)を認めたのは誤りであるのでその答弁を否認すると訂正する旨陳述しているが、弁論の全趣旨に徴しそれは右請求原因(三)の第二項に関する認否の訂正と見られるから、ここに取上げない。)を認めることができる。
控訴人は前記根抵当権設定手形割引契約は訴外遠藤倉次郎が控訴人の印鑑を盗用し、契約書を偽造してなしたもので、控訴人の関知しない無効のものである旨主張するので、先ずこの点を判断するのに、当裁判所もこの点において原判決と同様の理由によつて右主張には結局証明がないものと判断するので、原判決のその理由記載をここに引用する(たゞし原判決五枚目表一行目から二行目にかけて「証人遠藤倉次郎」とある次に「当審証人遠藤倉次郎」を、同じく二行目に「原告」とある次に「当審(第一回)における控訴人」を加え、また同一二行目から一四行目にかけて「(三)そして原告と右訴外遠藤とは旭燃料株式会社の取締役と監査役の関係があり、きわめて親密であることは成立に争いのない甲第一号証によつて認められる。」とあるのを「(三)そして控訴人と右訴外遠藤とは旭燃料株式会社の監査役と取締役との関係があり、遠藤において時おり控訴人の印判を借りて押すこともあるというようなきわめて親密な間がらであることは原審証人遠藤倉次郎の証言によつて認められる。」と訂正する。)。もつとも成立に争いのない甲第四号証と当審証人鈴木勇太郎の証言によれば、前示のように執行吏(鈴木勇太郎)によつて本件土地についての賃借人の有無の問合せが行われた際(昭和三一年七月二七日頃)、控訴人は右遠藤倉次郎に昭和二八年三月より向う一〇年の期限をもつて賃貸中であると答えたことが認められ、このことは一応控訴人がそのいうごとく右問合せが前記東側六〇坪の宅地についてなされたものと信じていたのではないかと思われないではないが、前出第二号証の一によれば右宅地は前示のようにその頃すでに右遠藤に売渡済みとなつているのみならず、遠藤は同年八月二日被控訴人半田に対する債権額金四〇〇、〇〇〇円の担保のためにこれに抵当権を設定していることが認められ、この事実に徴すれば執行吏の右問合せに対する控訴人の答はそれ自体真実のものではなかつたと見られるから、結局甲第四号証と前記証人鈴木の証言もこの点の控訴人の主張を維持するに足るものではない。
そうだとすると、他に反証のない限り前記根抵当権設定手形割引契約は有効と見るほかはなく、被控訴組合に対してその無効であることの確認を求める控訴人の請求はこの点において失当であり棄却されるべきである。この点原判決は相当で、被控訴組合に対する本件控訴はその理由がない。
さて、右根抵当権設定手形割引契約が有効であるとするとこれまた反証のない限りそれによる根抵当権及びこの根抵当権に基く前記競売手続も有効と見なければならないところ、この点について控訴人はかりに以上のとおりであるとしても、本件土地の現況は畑(農地)であるから、その競落にあたつては山形県知事の許可を受けなければならないところ、その事実がないから前記競落許可決定は無効である旨抗争するので、先ず本件土地が右競落当時畑であつたかどうかを判断するに、成立に争いのない甲第一号証(乙第七号証も同じもの)甲第三号証、昭和三五年三月一三日撮影の本件土地の写真であることに争いのない甲第五号証の一ないし四、同月二八日撮影の本件土地の写真であることに争いのない同第六号証に当審における控訴人本人尋問の結果(第二回)を綜合すると、本件土地はもと前記東側道路に面する土地六〇坪とともに一筆として農家である控訴人家において代々耕作して来た畑地であり、前示のように分筆のうえ訴外遠藤倉次郎に売渡した右東側の土地六〇坪はともかくとして、本件土地は昭和三二年一一月当時においても全面的に控訴人によつて植えられたごぼうやねぎの畑地であり、その後においても被控訴人半田の方で昭和三五年三月までねぎ、ごぼう、大根などを植えてこれを畑地として使用していたことが認められ、それなら前記競落許可決定のなされた昭和三二年七月二九日当時においても本件土地の現況は明らかに畑地(もつとも、右ねぎは控訴人が同月下旬から同年八月一〇日頃までの間に移植したものであることは、控訴人が当審(第二回)において自陳するところであるが、後記措信しない証拠を除いては、その部分が反対に畑地でなかつたといい得るような証拠はない。)であつたことを窺うに十分である。右認定に副わない当審における証人工藤勘七、鈴木吉太郎の各証言の一部並びに被控訴人半田本人尋問の結果の一部はたやすく措信し難い。
もつとも前出甲第一号証、第二号証の一、二成立に争いのない丙第一〇号証、第一一号証(原本の存在も争いがない)に当審における証人鈴木吉太郎の証言(一部)並びに控訴人本人尋問の結果(第一回)を綜合すれば、本件土地は山形市から寒河江市に至る県道沿いに位置し、附近一帯は宅地化の傾向が著しいこと、控訴人は同地につき前記東側六〇坪の土地との分割前である昭和三〇年一月一三日右東側六〇坪とともに農地法第五条の規定による宅地への転用許可の申請をし、同年三月三一日その許可を受け、同年六月九日地目変更の登記手続をとつたことが認められはするが、元来農地法第三条にいう農地であるためにはある土地が現に農地として利用されているということが必要であり、またそれをもつて足るというべきであつて、前記のように県知事から宅地への転用許可があり、地目変更がなされたとしても、それによつて現況農地であつたものが直ちに宅地となるものではなく、宅地というためには現実に宅地としての姿をそなえなければならないから、右転用許可のあつたことだけでは前記認定の妨げとはならないし、同様附近一帯の宅地化の傾向の著しいこともそれだけでは前記認定の妨げとはならない。のみならず前掲証拠によれば控訴人は実際は前記東側六〇坪の土地(分割後の字安堵橋四八四番の三)だけを前記旭燃料株式会社に対し同会社の倉庫等の敷地として賃貸する目的で(前示のように後では売渡した)宅地に転用するつもりであつたが、その手続を任せた前記遠藤倉次郎において分筆をしないうちにその許可を取つたため、結局本件土地も一括して宅地に地目変更がなされるに至つたもので、本件土地の宅地化は控訴人の意思でなかつたことが窺えるのであつて、この点からいつても本件土地の右地目変更をもつて前記認定を動かし得ないものである。丙第一二号証の一ないし三も前記認定の反証たり得ないし、他に、本件土地が前記競落許可決定のあつた当時農地でなくて宅地であつたとするような証拠はない。
そうすると本件土地は前記競落許可決定のあつた当時現況農地(畑地)であつたのであるから、その競落には農地法第三条の規定に基く県知事の許可がいるわけであるが、被控訴人半田が本件土地の競落人として適格証明書も右許可をも受けていないことは同被控訴人において明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなすことにすると、同被控訴人の本件土地の競落は右許可を受けないでした行為として本件土地の所有権移転の効力がないものといわざるを得ない(従つてまた前記競落許可決定もこの意味において無効というべきである。)。
それなら被控訴人半田は右競落により本件土地の所有権を取得せず、その所有権は依然控訴人にあるものといわなければならないから、本訴訟においても右所有権の帰属を争つている同被控訴人に対し本件不動産が控訴人の所有であることの確認を求めるとともに、右のように無効の競落許可決定に基いて本件土地の所有名義者となつた同被控訴人に対し請求の趣旨記載の所有権移転登記の抹消登記手続を求める控訴人の請求は正当であり、これを認容すべきである。右と認定を異にする原判決はこの点において(被控訴人半田に関する部分について)取消を免れない。
よつて民事訴訟法第三八四条、第三八六条、第九五条、第九六条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 村上武 上野正秋 鍬守正一)
目録
山形市下条町字安堵橋四八四番の三
一、宅地 六〇坪